前科者通信 〜ポルシェ万次郎の刑務所日記〜

 

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【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 1

 

※公表する予定のなかったプライベートな私信一通の全文です。証拠品(情状証拠)として法廷への提出も行っておりません。文中にある「赤字」は私の解説及び追記、匿名箇所となります。また、身内へ宛てた手紙という性質上、言葉にウエイトを乗せるために多少のファンタジーやしおらしい記述があることをご了承の上お読みください。

 

前略 ○○○

 

 いつも面会にお越しいただきありがとうございます。留置場内もようやく元の過ごしやすい季節となりましたが、普段の「スポーツ刈り」ではない無造作な長髪には多少の不慣れを覚える毎日です。逮捕時に75kgだった体重はその後62kgまでの減量に成功しましたが、ズボンのウエストサイズが合わなくなると困る為、筋力トレーニングと食事制限も程々にしたいと思います。9月11日に行われた衆院の総選挙ですが、今回生まれて初めて不在者投票を経験しました。まるで代議制を否定するかのように、争点が民営化のみに絞られてしまった(国民投票)こと、クールビズファッションで遊説に回る首相の改革へのイメージ戦略などが、国民のメディアリテラシーのなさを象徴するような自民圧勝の結果となってしまったようです。ともあれ、憂国の志士であられる民主の西村眞悟先生(ああ、この人も逮捕されちゃいました・・・・・・。保守系の月刊誌「WiLL」で勝谷誠彦と「何がマドンナ候補じゃ。あんなの飛田新地でも売れんで」みたいなことばかり言ってるからですよ。と、弁護士名簿で西村先生の名前を見つけた時はちょっと感動でした。日本の国益を考えると惜しい人なので再起を期待したいです。まあ、初犯なので執行猶予が付くとは思います。鈴木宗男もいつの間にか人気者としてお茶の間に認知され出してますが、かつてのメディアのバッシングは酷かったですよね。あれでは子供に「イジメはいけない」だなんてとても言えないですよ)が比例でなんとか復活当選出来たのでひと安心といった感じです。中川昭一経産相は大丈夫でしょうが、割りと頑張っているのに地味な印象の町村信孝外相の今後の人事が心配されるところでもあります。後任には櫻井よしこ氏が最良だと思いますが、安倍内閣でも誕生しない限り実現は難しいと思います。毎度のことですが、最高裁の裁判官の罷免(国民審査)については投票システム自体に不備があるように思います(あれ、○と×をちゃんと記入させるようにしないとダメですね)。被害弁済の件ですが、未公開株(「デジタルチェック」とかいう会社の株券)の買い手が見つかったこと、凍結されていた佐川急便からの入金の一部が9月30日までに約束されたこと(10月20日の時点でまだですが)、還付(返却)された正規品の返品による買掛金の相殺や私の所有する私物の質流し(今年の正月のバーゲンで60万円出して購入したドルガバのレザーコートが、私の知らない間に6万円で質流しにされてた・・・・・・)等々でようやくどうにかなりそうな気配です。○○○の100万円を筆頭とする金融各社への借金については、低金利の信販(車ローン)や銀行系を除き全て支払いをストップしてもらうことにしました。○○○○○○○などは4年以上の付き合いがありますし、法定金利の上限(年利29.2%)から利息制限法(年利15〜20%)のラインを差し引いて計算をすれば借入金の圧縮どころか金利の過払い分が逆に発生すると思いますので、それらとは調整や話し合いを進めながら今後も被害弁済や身内への借金返済を最優先にしていく予定です。

 

第2回公判の罪状認否では訴状の一部記述を不同意とさせてもらいました(「大筋で同意いたしますが、共謀の事実についてのみ不同意とさせていただきます」とか発言しました。法廷のような厳粛な雰囲気は不慣れなので、さすがに緊張しますよね。大介花子の大介みたいに「あわわっあわわっ」ってなりそうでしたが、今後は例え証人喚問で呼ばれても大丈夫そうです)。「共謀」という表現が明らかに不適切と思われるからであり、○○に担当させていた業務の内容、関与や認識の程度については警察と検察の両方の取調べで何度も説明していますので、共謀とまでは呼べないことを本当は分かってくれていると信じています。そもそも犯罪行為(共謀)のリスクに見合うだけの高額な報酬を従業員らに支払っていた訳でもないですし、正規品以外の取り扱い商品の性質や属性を正しく認識しながら私の指示に従えるような性格の持ち主は誰一人としていなかったのが事実です。こんなことを言うのもどうかとは思いますが、私以外のスタッフについては人相の良さ一つとってみても説得力がありますし、社内の雰囲気は社長である私にも冗談や意見を言い合えるような和やかで良好なものでした。当然ながら私が従業員に「ニセモノ」も扱っているであるとかを告げたことはないですし、具体的な質問を受けたこともありません。社内でのメールやメモ書きにも示唆した形跡などは警察の調べでもなかったでしょうし、暗黙の了解的なニュアンスも私や○○、他4名の従業員との間には一切ありませんでした(述べ10数人という人数の中、通販事業に全く関係のない人達もいましたし・・・・・・)。起訴状に「○○と共謀」と書かれてしまったのは「訪問販売法の表記」のページ上に販売責任者(ショップ店長)として○○の名前を掲載していたからだと思います。しかしながら「○○○○○○」の代表者は○○万次郎ですし、分社化した「○○○○○○○」という屋号の代表者もページ上に明記こそしていないですが○○万次郎なのです。私に詐欺行為への強い認識や経営者としての危機回避能力でもあれば、責任者表記は仮に「山田太郎(偽名)」とでもしていたでしょうし、商品代金の振込先となる銀行口座名義もページ上では従来通り「○○○○○○○」としておき、折り返しメール連絡する際に「○○○○○○○ ○○万次郎」という、私名義で新設した正式な銀行口座名をお客様に伝えることで○○を過度に巻き込むことなく「○○○○○○○○○○○」を並行営業することも十分可能だったのです。わざわざ別名義で屋号を使った理由ですが、有名居酒屋チェーンのモンテローザグループが「白木屋」「魚民」「笑笑」などと別名義で駅前の囲い込みを行う出店戦略を例に出すことで理解してもらえると思います(あの会社って ワタミ(和民)のパクリだし、労働超過とか何かと評判悪いですけどね。イオン系列の 「サティ」「ビブレ」を例にした方が分かりやすい?ホントはもっと奥深い意味が・・・・・・)

 

○○○○○○」及び「○○○○○○○」のページ制作や商品仕入は平成15年12月の設立当初から私が一人で行っており、○○の担当業務は他の通販事業部2名と大差はなく、自分よりもキャリアや年齢が上の○○さんより高い給料を受け取ることを彼は固辞していたくらいで、「○○○○○○○○○○○」に店長として名前が使われていることについてはあまり深く考えていなかったように思います。私は予定通り取り扱いブランド商品比率の完全正規品化を達成して会社を法人化した際、さらなる事業拡大の為には自分と同じモチベーションで働いてくれる右腕のような存在の必要性を感じていました。いつまでも社長である私自身がパソコンを弄っている訳にもいかず、身内である○○にそれを期待して嫌がる彼を○○市から強引に大阪内へ引っ越させ、仕事でもプライベートでも常にパソコンに触れて勉強をするよう指示をしたのです(大学出たての若い子はビジネス文書や敬語のボキャブラリーに乏しく、最低でも就職してから半月〜半年の研修が不可欠なのが現状です。電話番すら任せられない子が多いのですが、何で学校とかでこれらを教えないのでしょうか?社会経験豊富なフリーターや中年の方が安い人件費で余程即戦力になりますよ。また、男女の雇用機会は均等であるべきですが、男女間では能力格差があるので結果として男性の平均給与所得が高くなる現状は仕方ないことだとも思います。体力格差がそれほど影響しないはずの将棋やチェス、料理人なんかも男性の比率が圧倒的に多いですし、芸術の分野ではピアニストやヴォーカリスト以外は男性の比率の方がやはり多い(優秀)です。その代わりといっては何ですが、プロ意識に欠けるキャバ譲でも時給5,000円とかの高給を持って行くのですから、社会は概ねフィフティフィフティですね。しかし、稀に男性より遥かに仕事が出来るバリバリのキャリアウーマンとかも存在するわけで、このような逸材を「女性だからこんなもんでいいだろう」と安月給でこき使うのは、それこそ性差による「区別」ではなく「差別」だと思います)。インターネット上で安く販売されているブランド商品に対し「本物か偽物か」を問うことは、合言葉や挨拶のように自然で決まりきったことだと考えるのが普通ですが、コピーブランド品の業界というのは何処か歪で特殊な独特の性格を持っているのかもしれません。「偽物とは闇で取り引きされる粗悪品や路上で外国人が販売しているような劣化コピーのことで、我々の扱う商品は並行輸入商品(本物)」という彼らが好んで使う主張も、本来の「並行輸入」とは違った意味の解釈であることをあとになって知りました。「直営工場からの直接買付(非ライセンス・過剰生産分の横流し)だが素材は同じなのでグレーゾーン(許容範囲)」と説明する業者もいましたが、正常に判断すれば少なくともメーカーの知的財産を侵害しているのは明らかだったはずです。私がどのような心境や認識で過ちを犯していったのか、より詳細が分かるよう取調官が作成する供述調書と同じ形式で順を追って説明していきたいと思います。

 

警察の取り調べでは被疑者の生い立ちから調べを進めるのですが、ご存知の通り私は人兄弟の○○として生まれ、15歳で家を出るまでの間を○○市や○○市で過ごしました。学生の頃は質問で授業を中断させるほどの強い好奇心を持っていましたが、自分の両親が離婚した正確な時期や経緯のほか、どのような人生を送りそして出会ったのかすら知りませんし、訊こうと思ったこともありませんでした。兄弟全員の誕生日を覚えているかどうかも怪しいもので、元々他人に対する関心が希薄なのかもしれません。家庭環境は決して良好とは言えませんでしたが、私の人格形成とは何ら関係なかったと思っています。経済状況の悪化により小遣いの支給をストップされた私はこの頃より「不足分は方法(アイディア)で補う」ことを考えるようになりました。学校では各クラスを回り、ゲームソフトを安く買って高く売る、ジュース代(当時100円)に困っている同級生を相手に日掛けで利息(10円)を取り貸し付けを行う、将棋やトランプ、自信のある教科の試験結果を賭け事の対象にするなど、相手は遊び半分でしたが私の方は上手く立ち回ることに必死でした(仮に今の時代であれば、猥褻画像をネット上からダウンロードし、DVDに複製販売してそうです・・・・・・)。勉強が本分の学生としては決して褒められた行為ではありませんが、力関係を使って弱い者から搾取するような内容ではなく、むしろ相手の側が私を面白がって積極的に利用し頼ってくれるような関係ではありました。余談ですが、事業家として成功した人の著書を読みますと、私のように学生の頃より何らかの経済活動を体験している社長各位は多いです。中学での部活(意外にも野球部でした・・・・・・)は一日もサボることなく3年間続け、スポーツテストでは2年連続で学年トップ、推薦や投票で学級委員に選ばれたり先生方に指名され学年を代表して行事の運営などを任されることすらあったほどです。いわゆる優等生ではないが真面目なタイプの学生で、万引きや窃盗などで警察のお世話になったことは一度もありませんでした。

 

中学3年生の頃より実家を出て住み込みで新聞配達を行うようになりましたが、学区を離れて通学距離が遠くなり、冷暖房のないゴキブリが徘徊する風呂無し木造アパートでの生活は流石の私も苦労させられました。夏は水浴び、冬はガスコンロの火や沸かしたお湯で暖を取っていたのが懐かしいです。経済的なことを含む諸事情から高校への進学は半ば諦めていたのですが、担任の先生の勧めもあり、一応は堅実だと思われる公立の工業高校を受験することになりました。合否については自分で合格発表を見に行く程の強い興味まではなく、同校を受験した同級生から電話を通じて合格していた事実を知らされたくらいです。入学後は資格各種の取得や柔道部での部活動に心を惹かれましたが、自分のおかれている身分では状況的に不可能であることを痛感し、これらを断念しました。身分証明にもなる原付免許証を取得してからは、大手家電ショップでディスカウントされている新品ゲームソフトをそのまま中古ゲームソフト取り扱いショップに高値で転売するなどで利益を上げ、ここでも「不足分は方法で補う」ことで生活費の確保に努め、「学食」などでどうにか惨めな思いをせずに済みました。配達所に余っている新聞はいくらでも無料で貰えたので、当時はまだ全盛だったゲームソフトの売買で差益を生むことは、折込チラシの相場(買取価格表)を研究することで成立可能だったのです。

 

経済的な事情は奨学金制度を利用するなどで解決できなくもなかったのですが、高校は一年生の2学期に自主退学することに決めました。学力の方はずっと「席次一(学年首位)」でしたし、勉強が嫌いであるとか素行が悪かったというわけではありません。意外に思われるかもしれませんが、住込み先の新聞配達所(毎日新聞)の所長、2つ年上である私と同じような境遇の2人の先輩(高校中退)らに喜んでもらえると思ったのが一番大きな理由です。私だけが学校の終業時間の都合で夕刊を土曜日にしか配達出来なかった状況に申し訳なさを感じており、お世話になっている以上は何とか戦力として協力し、仲間として認めてもらおうと思ったのです。周囲の友人らと異なる進路を歩むことに不安を覚えたり、学校の教室で授業を受けている感じの未練がましい夢を当時は何度も見たりしましたが、気持ちを切り替えてこれまで以上に仕事を一生懸命頑張ろうと決意しました(学歴についてコンプレックスは全くないです。頭や要領の悪い人間でも努力すればブランドを手に入れられるというか、真面目にそこそこ頑張ればレールに乗っかって誰でも安定した人生を送れるという安全保障的なツールやアイテム、ブランド(資格)に過ぎないと思っています。三田紀房の人気漫画『ドラゴン桜』の中で語られる桜木弁護士の語録「バカは東大へ行け!」などは、ある意味世の中の真理ですね。テレビドラマの方はこのような真理をついた台詞の面白さが全然再現されていなかったようで残念です。この漫画の作者は「漫画家として大成するには編集者の言う通りに描くこと」とまで言ってのけていますが、原哲夫の漫画でも名作は『北斗の拳』『花の慶次』『影武者徳川家康』などの原作者がちゃんとしてる作品に限っています。高学歴の人間には事務処理能力が高くて勤勉な人間が比較的多いので、雇用する側がこれを採用したがるのは凄く分かりますし、実感もしましたけどね。少し前に「俺を月100万で雇ってくれや」と言って来た友人がいましたが、「別に支払いは可能だけど、100万円分の仕事をちゃんとしてよ?」と逆に言いたいです。「いかに相場より楽をして時間給をせしめるか」しか考えていない人って多いですが、こういう選択肢しか発想できないのって凄く不幸なことだと思います。良い大学を出て良い企業に就職するという発想ではなく、自分が真にやりたい仕事に就くのが本来のあるべき姿で、好きな仕事に就けていない人ほど、給与や休日などの条件に煩い傾向があります。ただ、高学歴な人は学歴を自慢して生きれば良いし、公務員はその勝ちっぷり人生にプライドを持ち、天下りなどの行為ですら正当化して生きて行くのは必然だとも思っています)

 

新聞配達業は大雨や大雪の日も、雷警報や阪神淡路大震災の時も滞りなく配達しなければいけない日本独特の地味で過酷なお仕事です。私は自身のトレーニングも兼ねてエレベーターのない団地密集区域を志願して配っていたのですが、大地震発生時刻にちょうど団地の5階で大きな揺れを感じ、頭上を両腕で守りながら階段を急ぎ駆け下りたあとに見た光景は、まるで戦争でも始まったのかと思うほどだったのを覚えています。また、いつも駆け足で配っていたので配達時間は他の人の2倍近く早かったのですが、私には考え事をしながら仕事をする癖があり、誤配や不配といった単純ミスが多い分、評価の面ではもう一つでした。これらを挽回する為に集金や拡張業務を手伝うことにしましたが、当時まだ16歳であった私の営業力で毎日新聞が読売新聞や朝日新聞からシェアを奪うことは難しく、友人宅に遊びに出掛けては「おばちゃん」に営業をかける方法を思い付き(最悪なクラスメイトですね・・・・・・)、どうにか最低限の成果を上げることができたのです。阪神タイガースが勝った日の翌朝にはスポーツ新聞を多めに積み込み、早起きの中年男性に声をかけて売り歩くなどの過剰とも思える努力をするも、どうも成果が給与に反映されなさ過ぎているのではと思うようになってきました。成果を査定しやすいはずの業種であるにもかかわらず、新聞奨学生(大学生)らと比べて自分の給与が不当に安く抑えられている事実を知ったのです(いやまあ、抑えられる人件費を抑えることは至極当たり前のことですね)

 

新聞配達所を円満退職したあと、当時まだ17歳だった年齢を履歴書には18歳だと偽り、人材派遣会社を通じて深夜アルバイトを始めました。22時から翌朝の8時過ぎまで働く、佐川急便集配所での力仕事でしたが、18歳の誕生日まで2ヶ月を切っていたこともあってか、面接で「もうすぐ18歳」だと正直に告げてしまったにもかかわらず、問題なく採用してもらえたのです(労働基準法違反です・・・・・・)。働いてみてなるほど、離職率の非常に高い辛い仕事であることが分かりましたが、皆勤賞(3万円)を含めた月の手取りは新聞配達(10万円)の3倍を軽く超えるものとなりました。この時初めて実家に納めたお金が月額で6万円だったと記憶しています。私は同時にボクシングジムへも通っていたため、この時の体重は55kgという今では信じられないほどの低い数値でした。佐川ドライバーからは頻繁に競馬場へのお誘いを受けましたが、売上に対する還元率が75%である競馬(公営ギャンブル)では不確定要素も多く、トータルでは勝てないことが理論上明らかなため、これらの環境に悪い影響を受けることはありませんでした(公営ギャンブルをする場合、75%を回収できれば良しと思わなければいけません)。ちなみに胴元になりたいと思うことはありますが、ギャンブルは当時から嫌いで、今でも一切やりません。お酒は料理に合わせて嗜む程度、煙草は20歳の誕生日に記念で一本吸ってみたのが最初で最後です。仲間でサイパンへ行った際も、4,000m上空から一人でスカイダイビングをする勇気はありますが、ドラッグ等は恐くて手を出そうと思ったこともありません。この頃から将来について色々と考えるようになり、なかなか受理してはもらえませんでしたが、半年以上続けたこのアルバイトを辞めて正社員としての就職先を探すことにしたのです。

 

同級生がまだ高校3年生をしている年の9月、私は大阪を中心に当時10店舗を運営していたパチンコチェーンの会社へ就職しました。給料が高かったことや寮と食事が付いていたこと、スタートラインが早ければ若くして店長になれそうだという単純な野心がパチンコ業界入りの主な動機でした。パチンコはそれまで一度も遊んだ経験がなかったので、ルールを覚えることから始めるのですが、上司や先輩からは「大当りしそうな台に座り、絵柄が3つ揃えば玉が沢山出る!」といった、意味としては正確さに欠ける説明しかもらうことができませんでした。パチンコで勝つためのアドバイスは皆それぞれがバラバラのマイルールだったので、パチンコ雑誌を読むなどで勉強しようと思いましたが、「リーチ目」だとか「ハマり台は出る(或いは出ない)」であるとか、保通協(保安電子通信技術協会)の規定から考えるとありえないような嘘の説明や情報ばかりだと、のちに自分で調べてみることで分かりました。パチンコ台の大当り抽選方法は過去の事象に影響を受けない完全確率方式を採用する決まりがあり、抽選はスタートチャッカー(ヘソ)入賞時に「アタリ」か「ハズレ」かの判定が既に下されていて、以降の画面上の動作はゲームを盛り上げるためだけの無意味な演出に過ぎません。射幸心を煽るだけで勝負に勝つための正しいルールや努力の方法を店内に掲示しない(ベテラン従業員自身にその知識がない)パチンコ業界を個人的にはどうかと思っています(せめて玉やメダルの換金率くらいは店内に掲示すべきで、これらを質問してもまともに答えられないパチンコ店員はプロとして失格でしょう。ルールを知らない人が運営を管理する資格はないと思います)。仕事としての接客や力仕事は私の適性に合っていたようですが、大学生を中心とするアルバイト達が年下である私の指示になかなか従ってくれず苦労させられました。当時の社内は慢性的な社員不足が続いていて、「遅番→中休→通し(9:00〜24:00)→」といった労基法無視の無茶なシフトで休日はめったになく、新米で一人だけ10代だった私は他の30〜50代社員みたく勤務時間中に事務所で休憩することも許されない辛い状況でした。物理的に不可能な仕事量であってもお客さんに迷惑をかける訳にはいかず、機械トラブル等の処理スピード向上や常にプライオリティ(優先順位)を考えながら効率良く行動することに努め、アルバイトからも「あの若い社員さんは仕事をしない他のオジサン社員の人らとは違う」と認められ、次第に仕事が面白いと感じられるようになって来ました。

 

今になって振り返れば、何でも仕事を任せてもらえた当時の状況は私にとって幸運だったように思えます。パチンコ台自体のトラブルの他、紙幣搬送機やパチンコ玉を全体に循環させる装置、電気系統やコンピュータ関係のトラブルは復旧が遅れると一日で数百万円の損害が出ることもあります。機械メーカーの技術者を呼ぶことなくこれらを社内一速やかに対処できるようになると、今度はアルバイトの面接から時給計算、一日1,500万円以上にもなる売上の集計や管理を任されるようになりました。当時まだ未成年だった私にそこまでさせていることが上層部にバレるとさすがに問題があるように感じましたが、「人の数が足りてないし仕方がない。自分でできることは何でもやったらええ」というのが上司の考えでした。前の晩に深酒した上司が朝寝坊してしまい、社員は私一人でホールを見ることになったアクシデント(私がアルバイトと「お泊まり」し、翌日に早番で出勤できなくなるアクシデントも・・・・・・。遅刻した事実よりも「やらなかった」ことを何故かオッサン社員達は怒ってましたw)や、負けが込んだ暴力団員がガラスを割るトラブル等も日常茶飯事でしたが、私が一番苦手として苦労したことはやはりアルバイトや後輩社員の統率や育成でした。相手に協力や相談を一切求めず、マイペース過ぎて協調性に欠けルところも私の悪い点です。仕事は何でも自分でやりたがる困った性格で、思いついたアイ ディアを自由に具現化して良い立場になると、次第にプライベートな時間を削り私財を投じてまで過度に仕事へのめり込んで行くようになります。

 

当時の私が勤務していたお店は東大阪にある支店の内の一つで、そこはひったくり件数全国No.1の、客層が非常に悪いことで有名な地域でした。同時に駅前で立地条件の良い激戦区でもあり、パチンコ店の悪いイメージや雰囲気を他のアミューズメント産業並みに改善することができれば、他店との差別化ができて地域一番店になれると考えたのです。まずはパチンコBGMの象徴であった「軍艦マーチ」をオシャレな洋楽のダンスミュージックに変え、閉店時の定番BGM「蛍の光」をディズニーやハリウッド映画のエンディングに使われるようなバラード調に変え、イメージチェンジを図ります。営業時間中に垂れ流し状態であった有線放送も、スローバラードを排除して編集した各人気アーティストごとのヒット曲集に変えて流すなどで、店内を活気付けることに成功します。編集の際に必要なCDやMDのディスク代の他、店内に常設したMDデッキ本体の購入費用まですべてて私の自己負担です。また、各CDごとに異なる設定のREC LEVEL(録音レベル)を同じ音量に調節編集できる専門のオーディオ機材まで実費で購入し、異常なほど在宅での時間外労働に励みました。店内を音楽で盛り上げる反面、お客さん個人にとっては耳障りなだけの旧来型の「ジャンジャンバリバリ煽りマイク」を止め、女性スタッフによるデパートのインフォメーション並みに上品な店内放送を採用します。放送開始時間の指定や注釈まで入れた文章マニュアルの作成は、やはり私が慣れないパソコンを使って勤務時間外に原稿を起こして出力したもので行います。

 

パソコンは当時のパチンコ店にありがちだった手書きの告知物を、「ワープロ文字+POP画像」に一新する目的で購入したのですが、展示会で若い女性販売員に言葉巧みに騙され、不当に高い80万円のクレジット(内訳:win95×1台、プロバイダ契約、パソコン教室の受講チケット、旅館の宿泊割引券他)を組まされてしまいます。周囲の人にアドバイスを求めていれば防げた失敗でした。今でこそ「理屈に合わない儲け話」の類に引っ掛かることはなくなりましたが、貸したお金を返して貰えなかったりノウハウや アイディアだけ持っていかれて業務委託契約を不履行されたりと、私は昔から人に騙されやすい性格ではあります。マイクロソフト社の「エクセル」「ワード」といった基本的なアプリケーションソフトとは違い、イラストや画像を加工するソフト「イラストレーター」「フォトショップ」の扱いを独学で習得するのには大変な苦労を強いられましたが、A3画用紙16枚を貼り合わせて作った巨大ポスターやラミネーター(パウチする機械=実費8万円)でフィルム加工したPOPの作成など、印刷業者を使わないことで納期の短縮や大幅な経費の削減が可能になるくらい、パソコンを使った仕事のスキルは向上しました。週に一回開催する店内イベントは店舗に所属する社員が交代で企画を担当する決まりになっていましたが、これをあまりやりたがる人もいないため、企画立案から新聞の折込みチラシやポスターの作成(文字の加工やレイアウト、写真画像の取り込みやキャッチフレーズ提案)までを私が一人、家に持ち帰って行いました。これは次から次へと湧いて出て来るアイディアを外へ向けて発表したいという単純な創作意欲や自己顕示欲から来る行動なので、たまに暴走して過激で非常識な原案を提出してしまうこともありましたが、代表者が私という現在の状況とは違い、上司である店長のチェックが入るため、当時は問題が発生することなく大きな成果を上げて行くことになります。

 

初出:ポルシェ万次郎逮捕〜留置男の私信≪その1≫(06/1/18)

 


 

後記: この手紙、論点を分かりやすく整理することで弁護の助けになればと思い、担当の弁護士への説明も兼ねて書いたものです。もっとも、弁護士には「これ、ただのあなたの自伝じゃないですか」と言われてしまいましたが(笑)。追記となる文中の赤字部分については、手紙の内容をそのままウェブに転載する作業に飽きた当時の私が、単純作業に耐えられなくなって余計な内容を書き足しただけのように思います。。。手書きのメモや手紙をワープロで打ち込んで行く作業と、それらに頼らないゼロから文章を創作する労力とに、あまり大差がないことをこの時初めて実感しましたね 。。。

 

【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 2

 

記事の作成日:平成21年4月14日

 

●刑務所コラム 目次

 

 【保釈後】 半年間の勾留より保釈・逮捕の経緯

 

 【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 1

 

 【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 2

 

 【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 3

 

 【保釈後】 向日町警察署の留置場より私信 4

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 1

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 2

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 3

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 4

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 5

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 6

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 7

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 8

 

 【収監中】 ウィークリー前科者通信(獄中連載) 9

 

 【仮釈後】 出所後の新生活と刑務所ボケ・保護司

 

 【満期後】 刑期満了で社会復帰!日記とか色々

 

 【おまけ】 獄中短歌(法務省発行の新聞「人」より)

 

 【おまけ】 刑事施設(行刑施設)、収容分類級一覧

 

週刊プレイボーイ 刑務所特集 1/2 週刊プレイボーイ 刑務所特集 2/2 BUBUKA 小室哲哉逮捕特集

 

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上記は日々の労働から開放され、クリエイティブな活動のみで生計が立てられる知的生活者への近道。自分の書庫を持ち、吸収した知識はネットを通じて社会へ還元しよう。

 

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